<第12回セミナー概要> 主催:レムナントキリスト教会 場所: 東京、京王線府中駅前 府中グリーンプラザ本館第5会議室(7F) tel 042-360-3311 http://www.fuchu-cpf.or.jp/green/access/map_02.html 日時:2010年9月26日(日)18:00─20:30 。 入場無料、ただしテキスト代1000円(当日徴収) 定員20名(先着申し込み順:満員しだい締め切り) 申し込み締め切り日: 8月28日(土) セミナーに関するお問い合わせ、質問等は以下まで レムナントキリスト教会 TEL:042-306-5002 FAX:020-4623-5255 E-mail:truth216@nifty.com第12回黙示録セミナー開催下記のごとく、第12回目の黙示録セミナーを開きますので連絡します。今回のテーマというか、方針は、「たとえで読む黙示録2」としたいと思います。終末の日のキリスト教会の特徴はその教えが変質し、変形し、道を誤り、キリスト教の基本の基本さえ、曲げられてしまった日である、ということです。それは、あの日、目の前に初降臨のメシヤを目にしながら、その変質教理、変質聖書理解のゆえにメシヤをメシヤとして認めることができなかったイエスの時代の愚かな聖書学者、律法学者、パリサイ人に通じます。彼らがナザレのイエスをメシヤとして、認められなかったその理由は、彼らの聖書理解が変質し、おかしなものとなっていたからなのです。メシヤ来臨に関する彼らの聖書理解、解釈は的外れであり、正しいものではなかったのです。結果、初降臨に対応できなかったのです。今の時代、主の再臨を前にした時代の聖書理解も同じようなものであり、道が曲がっており、理解も解釈も的はずれなものになっています。結果、彼らの黙示録に関するヨタ本をいくら読んでも主の再臨に対応は、できないでしょう。今の時代の聖書理解、解釈の的外れはいくつもいくつもありますが、そのうち終末に関連してもっとも大きな問題は、今の教会ではもう「たとえの理解」をしない、もしくはできなくなっていることです。黙示録に描かれている「太陽を着、月を足の下に踏み、12の星の冠をかぶった女」など、文字通りの存在であるはずはなく、たとえで書かれていることは、明白なのですが、たとえの理解を追放し、「霊的解釈はご法度」などと、非聖書的なことをうそぶく、今の背教の教会にはこれらの黙示録の記述を理解することは困難です。しかし、主は明らかに、「このたとえがわからないのですか」マルコ4:13と我々に対して、たとえの理解に進むことを奨励しています。そうであるのに、今の教会が主のことばをないがしろにしており、たとえの理解を追放し、結果、何ひとつ理解できない教会となっているのです。彼らの終末よた話は、終末の時代を理解するのになんらの役にも立っていません。今回のセミナーも基本に立ち返り、たとえの理解という点から、黙示録を再考したいと思います。前回に引き続き今回もこの件をさらに見ていきます。時間のある方はぜひ参加ください。
<前回のセミナー参加者の感想> ●御言葉のほとんだが、たとえで語られており、このたとえを解き明かすことができなければ、 聖書はまったく意味のない本であり、読んでも読んでも何年経ってもわからない。 サタンは今の時代に用意周到に「滅びる道」に都合の良い教理、聖書の訳し方を流布していることが判った。 偽りを見抜き、聖書のたとえを正しく理解し、この終末の時代を警告の角笛を吹き鳴らして、一人でも主につくクリスチャンを 見出してゆかなければならないことを痛感した。 栃木F兄 ●聖書はたとえで 書かれている。主イエスもたとえで多く語られている。たとえが何をさし、何をいっているかをわからなければ、 聖書を理解できない。弟子としての歩みを今後、祈り求めて、考えてゆきたいと思わされました。 宇都宮I兄 ●聖書の真意と真理の奥義を本質を、一心に、主の霊によりて、祈り求めてゆきたいと感じました。 主の御心に沿う信仰者でありたいと望みます。 立川O兄 ● 私は今、私の教会の以前の主任牧師が犯した過ちをきっかけに教会が 分裂状態になって以来、一つの教会にコミットせず、奉仕もろくにしていないのですが、 奉仕を一生懸命していると、この黙示録の警告を忘れてしまうのです。 また、教会の聖書勉強会では、決して黙示録の警告は学べません。 終末において永遠の命を持ち続けることができるかどうかは、 信仰が強いとか、すばらしい奉仕をするとか、といったことではなく、 聖書を読み、そこに書かれていることを正しく理解することなのだと 改めて思い知らされました。 東京Y兄 ● (教会で語られているのは)福音のメッセージが中心で、旧約聖書、大預言書等のセミナーや研究は あまりないように思います(聖書は読んでも難しいので)。教会内ではイエスキリストの愛に関するやさしいところだけを強調した メッセージが多く、黙示録、預言書で語られている神の声に従わない者の最後や、その裁きについては、あまり 語られません。 私にとってこういったセミナーは、身が引き締まる思いでクリスチャンとして今何をし、すべきなのか、教えられます。 今この世にあって、大事な時を生きていると思います。 群馬 Y姉 ● メッセージを通してクリスチャンが大変な時代に入っていることを改めて、理解させていただきました。 旧約の終わりと同様に、新約の神の民が不信に不信を重ねてしまったゆえに、惑わす力が送り込まれることが 神により赦されている事、特殊な時代であることを知り、日々の歩みにおいて御言葉に恐れを抱いていくことの大切さを 痛感させられました。時代を正しく見分けていくこと、主に従っていくことにも、大きなポイントがあることを学 ばせていただきました。 聖書が「たとえの書」であることをも教えていただき、また、みことばのたとえは弟子として歩む人に教えてい ただけることをも学ぶことが出来、感謝でした。 日々祈り、御言葉に触れ、正しく御心を行っていかれるようにしてゆきたいと思います。 埼玉S姉 ●聖書には終末に関してかなりくわしく書かれている事がわかりました。 具体的にたとえを通して語られること、また弟子の歩みをする人に神の 奥義が語られることを教えられました。 黙示録には明らかに裁きのことが書かれており、それが実現しつつあることを改めて、 教えられました。 背教の時代にあって、正しくみことばに基づいて歩むことで、この曲がった時代から救われることを 聖書は教えていると思いました。 狭い門から入れるよう、祈り求め、みこころの歩みをしたいと思いました。 東京E姉

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